Vol 9. ありのまま、ブータン
アプ・ボクトと樽の物語⑥:
樽大作戦
2015.10.31
美しいブータンの秋は刻々と深まり、徐々に朝晩冷え込むようになってきました。この季節、民家の屋根や軒先は、干しトウガラシで鮮やかに赤く彩られます。
トウガラシの赤と稲穂の黄のコントラストが美しい
美しい棚田で有名な、パロのボンデ村。ブータンでは、収穫した稲穂はそのまま地面に置いて乾燥させる
しかし、気候の良い収穫の秋と言えども、嬉しい話ばかりではありません。
この時期に活発化するのが、実はねずみ達。
ブータンに来るまで東京に住んでいた私は、ねずみを身近に感じる機会はまったくありませんでしたが、家に隙間が多いブータンの家では、夜間、屋根裏で、床下で、ねずみの足音や鳴き声が響き渡ります。
そしてある日、出張で家を数日間空けた隙に、とうとう彼らは床板をかじって穴を開け、部屋の中に入り込んできたのです!
蛍光ペンや洗顔フォーム、石鹸、マスカラ、トイレットペーパーや下着など、「なぜこんな物を!?」と思うような小物類を少しずつ盗み、タンスの裏に貯めこんで、どうやらメイクアップをして宴会でも楽しんでいた様子。
さすがに困り果て、ブータンの人たちに相談すると、「ねずみ侵入口の穴をふさいで、そして猫を飼うのが一番だ。」と皆そろって言います。
そう、殺傷を嫌う仏教の国ブータンでは、ねずみ取りを使って殺してしまうのはNG。
天敵の猫を飼って、その臭いにより、ねずみ達のそもそもの侵入を防ぐのが、一般的な解決策なのです。
独り暮らしの私は、猫を飼う自信がなく困っていたところ、運よく同様の被害で困っていたお隣さんが猫を飼い始めました。
侵入口も一通りふさいで、とりあえず、ねずみ被害はひと段落。
ブータンの農家を訪問すると、だいたい猫がお出迎えしてくれるのですが、その理由を、身をもって理解できたのでした。
ブータン農家のお茶の間には必ずと言っていいほど登場する、ふくよかな猫
さて、前置きが長くなってしまいましたが、引き続きアプ・ボクトの冒険のお話を進めて参りましょう。
アプ・ボクトと樽の物語⑥:樽大作戦
樽に身を隠して山を下り始めたアプ・ボクト。
さっそく、森の王者である虎に出くわしてしまいます。
「おい、転がる樽よ。俺はアプ・ボクトという人間の中年男を探している。もう腹ペコなんだ。どこかで見なかったか?」と虎。
小さな穴からこっそり外を確認したアプ・ボクトは、虎に対する恐怖のあまり、声を震わせながら答えます。
「私はただの転がる樽です。アプ・ボクトなど、見たことも聞いたこともありません。」
そう言い放つと、一目散に転がり下り、なんとか虎から逃れることができました。
しかしほどなくして、今度は豹が姿を現します。
「おい、転がる樽よ。お前はどこから来たんだ?」と豹。
「私はただの転がる樽です。お寺のほうから、転がってきました。」と素直に答えるアプ・ボクト。
「だったら、お前はアプ・ボクトを見なかったか?」とすかさずに尋ねる豹。
「アプ・ボクトなど、見たことも聞いたこともありません。ただ、もしそのような人が居るのであれば、きっとこの後しばらくしたら下りてくることでしょう。」
と、しらばっくれるアプ・ボクト。
情報を得られなかった豹は落胆し、役立たずの樽を蹴飛ばして行ってしまいました。
強敵を次々と欺くことに成功したアプ・ボクトは、喜びのあまり歌いだしました。
「私はただの転がる樽。
アプ・ボクトなど、見たことも聞いたこともありません。
ただただ転がり落ちていくのが私の定め。
どうぞ、道を開けておくれ。」
その頃、アプ・ボクトの家では、家族が皆心配していました。
「旦那は、お寺に行くと行って出かけたきり、もう1週間も音沙汰無し。心配さぁ。」
と、アプ・ボクトの奥さんは、お義母さんに相談します。
「大丈夫。きっと彼は帰ってくる。私も心配だけれどね。お祈りして、待ちましょう。」
と、アプ・ボクトの母。
果たして、アプ・ボクトの樽大作戦は、このまま無事に成功し、家族の元に帰ることはできるのでしょうか!?
つづきは、vol.10をお楽しみに。