Key06.キセキのキセキ ハートの花を咲かせる行動
2015.04.22
生まれて来る前に、こんなふうにこれを学んで、こんなことを解消して、こんなことしますというような、
人生のシナリオがもともと決まっているというのなら、
たしかに、そうだな、もがくことはなく、苦悩することもない。
ケセラセラと生きればいいんじゃない?
たしかに!
でも、そんなことできたら、かなりハイグレードな精進された魂ですよね。
苦悩をさけるため、もがきを隠してなら、
それは気まぐれのようなケセラセラ・・・・・・。
心に宿って軸となっているものじゃない。
だったらすぐに苦悩地区へ舞いもどることになる。
ならば、磨いてしまうことだ。
発酵させるように、変容まで繋がることだ。
なぜなら、そもそもシナリオには、それが含まれている。
ただ、ベッドサイドでみる映画とはちがう。
自分とは、出演している側のほうなんだから。
ハートや魂を磨くことは、自分自身の夢を叶える土台、基盤になる。
持ってきたシナリオを歩む力をつけて、
幸せなのは、自分自身が持ってきたシナリオを、
自分が歩めることなのではないかな。
自分を歩むという奇跡、根本がある状態、
そこに魂と現実と結びついた花が咲く。
誰かにおきているハッピーストーリー。
誰かのビューティフルなスタイル。
誰かのサクセス。
誰かのフルーダム。
そういう「誰かの」ではなく、
自分が、内観して、自分を開花させて、さまざまなことに
はっきりと目を開けて見られることなのではって思う。
これは、私についてはってことだけど。
幸せになる奇跡とは、自分であるという純粋な土壌から花になる。