「生きるってどういうことだろう?」「幸せってなんだろう?」
そのヒントがあるのではと、宮本亜門さんとブータンをおとずれました。
10泊 11日のブータンの旅。
その旅はあまりにも新鮮で、あまりにも清々しくて・・・・・・。
今回の旅で、素晴らしい贈り物を、たくさんもらいました。
それらをぜんぶ素直に届けます。
それが、WEBマガジン・ハタラクだからこそ、できることだと思ったので。
全20回のブータンストーリー。
毎週日曜日に更新中。
あなたもブータンをとおして、幸せを、生きることを、感じてください。
カディン チェ ラ(どうもありがとう)!!
番外編
亜門さん、GNH委員会の人と話しませんか?
「ブータンの“幸せ”について、根幹の部分を知りたい」と、亜門さんは旅のはじめから希望していました。「ブータンの人たちが『幸せだ』と心から言う、この源になっている、国としての政策の話を聞きたい」と。
そしてブータン政府観光局の現地駐在員松尾茜さん(当時)に相談をしたところ、「打ってつけの方がいます!」と、頼もしい回答が返ってきました。そして実現した対談です。
お相手は、ブータンのすべての省庁、政党にも属さない完全に独立した組織、GNH委員会のプログラムオフィサー、ノルブ・ワンチュクさんです。
GNH委員会の大きな役割は、各省庁がつくるさまざまな政策が、GNHの哲学にちゃんと沿っているか、その方針にかなっているかどうか、というのをチェックすることです。彼らはGNHという抽象的な概念を、政策に落とし込む、その役割を担っているのです。
ではスペシャル対談、お楽しみください!
ワンチュクさん:みなさん、今回はブータンという国を取材先として取り上げてくれて、本当にありがとうございます。
ご存じのとおりブータンは、大国である中国とインドに挟まれたヒマラヤの小国で、発展にあたっても、ほかの国と同じような産業を進めていったのでは、ほかの新興国には対抗できないため、ふたつの経済発展の柱を掲げました。
ワンチュクさん:ひとつは水力発電です。ヒマラヤの自然な高低差を利用した水力発電ですね。
そしてもうひとつが観光。特に持続可能な観光ということで、ユニークな観光政策のもと、進めていますけれども、観光に力を入れることによって雇用の拡大にもつながりますし、このような小国にとっては、とても重要な外貨の獲得手段にもなっています。
亜門さん:今回、僕たちがブータンを訪れている一番の大きな理由は、国王と王妃、お二人が日本に来たときに“幸せの国”と発言されたことと、“GNH”についての、本当のことを知りたかったからです。
というのも、今、日本では「自分たちの幸せはどこにあるのか」ということに、悩んでいる方が多くいます。物が溢れていて一見裕福なのに、自殺者も相変わらず多い。「物だけでは幸せになれない」とわかっていても、どうしていいのか、わからなくなってきいている・・・・・。
政治家も含めて年輩の人たちは、昔の、消費社会になんとかしがみつこうとし、若い人たちの中には気づいている人たちもいるのですが具体的には「どうしたらいいんだろう」と。
今回ブータンに来て、いろいろな発見があったので、そういうことも含めて、お話をお聞きしたいと思っていました。
そして僕はこの旅で、ブータンは本当に幸せの方向を考えようとしている、新しい、むしろ革新的な国なのではないかと感じたのですが、いかがですか?
ワンチュクさん:大賛成です。
GNHというのは、先進的な考えで、今から40年以上前にに第四代国王が提唱したものです。
国王が「ブータンはGDP(国内総生産)よりも、GNH(国民総幸福量)を大切にする国です」と発言してから、それは哲学として語りつがれてきていたのですが、なかなか政策には落ちていなかったんですね。
それが2008年の民主化以降、GNH委員会も創設されて、政策に落とし込まれるようになってきた。そして現在はブータンの発展の政策の柱としてGHNという概念が使われていて、政府が目指す国の発展のゴールは、「ブータンの国民ひとりひとりの幸せを達成すること」。ですから、ブータン政府が国民に対して行う政策やサービスが、GNHのゴールと同じ方向を向いている必要があると考えています。
亜門さん:GNHのゴールと、国の発展のゴールが一緒であると。
ワンチュクさん:国民ひとりひとりの幸せを達成するためには、経済発展はひとつのファクターでしかなくて、経済発展だけが国民の幸せの達成の手段ではないというふうに考えています。
人々の心のスピリチュアリティ、心の幸福、環境の保全、伝統文化保全など、そういったものを大切にし、GNHを政策に役立てています。
亜門さん:具体的にうかがいたいのですが、これだけの自動車の量があっても、ブータンには信号がひとつもないですよね。それに僕は他のアジアの国もだいぶ行っていますが、どの国も猛スピードで自動車を走らせているのに、ブータンにはそういう人もあまりいません。こういうことも政策のひとつなのか、未開発のひとつなのか、どっちなのでしょうか。
ワンチュクさん:やはりブータンの発展の度合いが、まだまだゆっくりでとても遅いから、信号自体の必要性を国民が感じていないから、信号を建てるのにお金をかけるよりも、もっと貧困削減や社会発展にお金を使うべきだと。
まだブータンは、外国からの援助で国の財政を頼っているという現実があるので、信号をつくるということ自体の優先順位が高くないんですね。
ワンチュクさん:ブータンは1960年代までは、ほぼ完全に鎖国状態でした。
1961年に初めて第一次五か年計画、国の近代化に向けた国づくりがはじまったぐらいですから。それくらい遅いスタートだったので、1990年代まで、自動車自体、ほとんど走っていなかったですね。だから当然、信号の必要性もなかったということになります。
亜門さん:ではこれから信号をつけようと思っているのですか? そのあたり、どんなプランをお考えですか?
ワンチュクさん:人口が集中してきているティンプーなどの都市部では、増えてきた自動車の交通量に対して信号をつけるということではなくて、個人の車の利用を減らすために、公共交通機関を整備する、しかも環境に優しい公共交通機関を整備する、ということに重点を置いています。それをすることで三つ利点があると考えています。
一点目は、インドからのガソリンの輸入に完全に頼っている、そのガソリンの消費を減らすことができるということ。
二点目が、大気汚染、環境の保全に貢献することができるということ。
そして三点目は、個々人としても自動車を買うお金、ガソリンを買うお金も必要なくなるので、支出の抑制もできると考えています。
また、地方においては人口も少ないですし、自動車の数も少ないので、そういった渋滞が起こって信号を取りつけないと、という事態にはまずならないと考えているので、まずは都市に対して公共交通機関の整備を考えています。
ワンチュクさん:現在、ティンプーでは人口が増えてきているなかで、アパートもたくさん建っています。これは日本と同じですよね。ひとつのアパートにだいたい10世帯ぐらいが住んでいて、それぞれ自動車を持って移動しているので、近所づきあいも、かなり希薄になってきています。
ティンプーのような都市では、家族や親せき同士の信頼関係とか、そういった人間関係が薄れつつあることを、我々は危惧しています。
だから公共交通機関が発展することによって、みなが同じ交通機関を使うことで、そこで挨拶をしたり、会話が生まれたり、そういったところからコミュニティの結束力を復活することができるのではないか、と考えています。
亜門さん:それだけ掘り下げて考えている・・・・・・本当に素晴らしい。
では、もうひとつ教えてください。ほとんどのお坊さんも携帯電話とかiPhoneを持っているじゃないですか。これだけ急速に発展するネット社会と、今の段階でちゃんと調和して見えたんです。今後、この状況はどうなると思いますか? 規制はしないのですか?
ワンチュクさん:宮本さんの心配していらっしゃることは、本当に的を得ていると思います。
1999年までブータンでは、テレビもインターネットも閲覧することができなくて、インドのボリウッドをVTRで見るというのが唯一の娯楽だったんです。
そこで1999年に、4代国王がテレビとインターネットを導入することを決めました。その際、建国記念日に国民に「これからテレビもインターネットもオープンにします。こういった情報が入ってくるということは、ポジティブな面とネガティブな面と両面がありますが、それをポジティブな面を受け取って、ネガティブな面は真に受けないようにするという、その取捨選択はブータン国民ひとりひとりの責任であり、自分で責任を持ってこの素晴らしいツールでもあるメディアの情報を使ってください」と、国王自らが国民一人一人に語りかけたのですね。
そういった形でテレビやネットが解禁されたので、今に至るまで、政府が特に情報を規制したりとか、モバイルの数を規制したりはしていません。
亜門さん:「ひとりひとりに責任がある」と国民に唱えつつ、“自分で考える”という、自立させるとは、国民を一人一人の人間として尊重している証拠ですね。それは仏教思想があるからなのでしょうか。仏教思想がなかったとしても、これはありえることだと思いますか?
ワンチュクさん:誰かに対する慈悲の心のように、仏教とは倫理観、道徳観を教えるものですから、少なからず影響はあるというふうに考えています。
逆に都市化がどんどん進んで、2010年にGNH調査というものを行った際に、ティンプーではGNHの9つのなかの3つ(精神的な充実、コミュニティの結束力、伝統文化の保全)について、GNH度が下がっているという結果が出てしまいました。これはやはりインターネットとテレビの解禁との因果関係があると考えています。
ワンチュクさん:一方で携帯電話というのは、ブータン人にとっては有効で、政府としては携帯電話の普及、特に地方については促進していきたいと考えています。
ブータンは山がちな国ですから、家と家との距離がすごく広くて特に田舎なんかは歩いて3時間というのもざらではありません。歩いて連絡をするのではなく、携帯電話で連絡をとることができれば、すごく便利ですし、コミュニティの結束力も強まります。
特に農民にとっては農作物の市場価格の情報を、携帯電話で伝えていくことで、より小作農たちには有益な情報になる。そういった政府としての農民へのサービスのツールとしても、携帯電話は非常に有効だと考えています。
また、ネットに関しても、ブータン国民ひとりひとりが判断するときに、ネットから得る情報は非常に有効な手段と考えています。
亜門さん:すべては使い方、心の持ち方であって、何をどう使うかなんですね。
国王の言葉を聞いて、個人の心に触れる、これほど心を打たれる、言葉をおっしゃる国王というのは本当に珍しい。その気持ちを大切にしてほしいし、世界中にどんどん広めていってほしいと思います。
日本が今後、どう変わるかという大切な時期に来ているので、いろいろなヒントをここブータンでいただけました。
では最後に、日本は物質的にも経済的にも恵まれているにもかかわらず、「幸せです」と答えられる人は多くありません。「もっともっと」と、さらに求めるばかりで、周りと比べることが多く、返って辛いと思う人が多い。そのような日本人をどう思いますか?
ワンチュクさん:私自身、実は筑波大学で二年間勉強をしていたこともあり、ある程度日本のことはわかります。
まず、日本人とブータン人、見た目がそっくりですよね(笑)。
日本とブータンは発展のレベルがまったく違っていて、ブータンはまだまだ発展の途中です。しかし日本はすでに経済的に非常に発展しているので、そのぶん、選択枝はたくさんあり、お金があれば手に入れられるという意味での選択肢もたくさんあるので、欲望もどうしても増えてしまいます。だから「今、幸せでない」と、考えてしまう人もいるのかもしれません。
ただ、これは「最終的には、私が持っているものはこれで十分だ。これで満足だ」と、捉えることができるのは、ひとりひとりの心の持ち方次第でしょう。それは仏教と、とても大きな関係にあります。「足るを知る」という精神が、仏教にはありますけれども、どこで自分が納得できるかというのは、やはり個人個人の心の持ち方だと思います。
亜門さん:「足るを知る」ですか! 正にそのとおりですね。
ワンチュクさん:ブータンは特に今、経済の発展の途中で、GNHというコンセプトを用いて、お金持ちになること、経済発展をすることだけが幸せの素ではないというふうに、国民にGNHという哲学を用いて、アナウンスし、国民を教育しようとしていることもあり、ブータンの人たちは「お金持ちになることだけが、幸せになることではないんだ」と考えるチャンスを与えられているともいえますね。
そしてもうひとつ、日本とブータンの大きな違いで感じているのは、やはり道徳教育です。
日本のように両親が共ばたらきで忙しくて、なかなか家族で一緒にすごす時間がないという状況とブータンは異なります。ブータンではまだ家族の絆が強く、いとこ同士や親せきと集まる機会も、頻繁にあります。さらに仏教に基づいた道徳観の教育、家庭内の教育もありますので。
親から子への教育というのが、日本に限らず、経済的に発展している先進国では、そういう機会が失われているということが凄く大きな違いで、そういった家族の間での道徳観の教育というのはとても重要なものと考えています。
亜門さん:そういう家族との絆の深さは、大いに関係することは僕も思うところです。日本が見直すべきことを、ブータンで感じ続けています。
ワンチュクさん:ありがとうございます。
ところで宮本さん、最後にひとつだけ、どうしてもお話したいことがあるのですが・・・・・・。
よく日本のメディアでも、ブータンは「世界で一番幸せな国」とか「GNH度がナンバーワン」とか、報道されていますよね。
しかしブータンは政府として国として、「ブータンが世界一幸せである」と、そういったことは一度も発言したことはありません。GNHはあくまで目標であって、開発の指針であるんですね。だからGNHというのは指標でもないんですね。
例えば“国同士の幸せ度を比べる”とか、“どっちの国のほうが幸せ”とかランキングなどありますが、ブータン政府としては、そういったランキングをつくるなど、まったくしていなんです。それは周りの国が勝手にしていることなんですね。
だからみなさんにもぜひ、ブータンはまだ小さな発展途上国で、抱えている問題もたくさんある。そんな中で経済発展だけではなくて、最終的には国民ひとりひとりの幸せを目指そう、それを目標としよう、それを実際の政策を決める上での開発のコンパスとしようと、頑張っている国と、ぜひ理解してくれればと思います。
亜門さん:わかりました。ぼくもブータンと共に、人の心の幸せを目標に考えていきたいと思います。貴重なお話、どうもありがとうございました。
カディン チェ ラ!
アトラス ツアー&トラベルに感謝!!
10泊にも及ぶ今回のブータンの旅が、円滑で、安全で、最高に楽しくできたのも、ある方たちの力があったからです。まさに縁の下の力持ち! 旅行会社アトラス ツアー&トラベルのみなさんのお陰でした。
移動の交通手段である自動車の手配と運転、取材時の通訳、ホテルや様々な場所での交渉などなど、すべてにおいてパーフェクトなアテンドをしてくれました。
旅の間、ずっとお世話になった自動車。自動車の上に荷物を乗せ、ブータン中を移動。そして旅の途中のある晩、アトラス ツアー&トラベルが主催しての食事会が催されました。そこで亜門さんは仏画をプレゼントされて。アトラス ツアー&トラベルの社長とスタッフと一緒に一枚。
ブータンは、自由旅行はできません。だからこそ、優秀な旅行会社との出会いが大切。みなさんもブータンを旅する時に、素晴らしい旅行会社と出会えますように!!
●お問合せ先/アトラス ツアー&トラベル www.atlasbhutan.com