Vol.118台湾から来た白い犬の日記
みんな普通の人。
フロリダの事件から
2016.06.20
日曜日の朝、Japanさんから私Cocoの朝ごはんをいつものようにいただきました。彼とアメリカ人お父さんのDさんがコーヒーを飲みながらニュースを見ていたら、
フロリダのニュース一色でした。
最初は「また銃によってのアメリカではよくある事件かなぁ?」
などと思っていたら、その時点で殺害被害者が20人と聞き驚きました。
そして、その犯人がイスラム系の若者によるものと知り、
「もしかしてテロなのだろうか?」と、DさんとJapanさんは思ったそうです
(アメリカ人DさんとJapanさんはゲイカップルです)。
そしてその殺害が、ゲイの人たちを対象にされたものであり
、LGBTの人たちが集まるナイトクラブで行われたと聞き、ぞっとした途端、
ニュースでは殺害者の人数を50人と修正。けが人は53人に上るとのアナウンス。
「男性2人がキスをしているのを以前見かけて、息子は憤慨していた」と犯人の父親のインタビューが流れ、「宗教が理由ではない」と言っていました。ちなみにこの父親はタリバン支持者なのだそう。
LGBTの人たちはごく普通の人で、ごく普通の生活をしているし、
お金持ちもいれば、そうでない人もいる。
美系の人とそうでない人の割合だって、LGBTではない人と同じような割合だと思います。
ただLGBTは、少数派なだけ。
多数派に所属している人たちは少数派の人たちがたどってきた沢山の苦悩を知らない。
自分たちと違うというだけで理解しようとせず嫌悪して虐げることが多い。
私Cocoの飼い主のJapanさんが日本にいた頃は
ゲイということをひたすら隠していたそうですし、
そうでもしないと特殊な変態、変人だと思われてしまうことが怖かったと言っていました。
普通に恋愛したかったし、普通の暮らしをしたかった。
でも、あの時点での日本では無理、
こちらの国に来てそのままの自分で暮らせることに、
とっても安堵したと言ってくれました。
こちらの国で同性婚が成立した時も、多数派の異性愛者の中では、
結婚という同じ権利を同性愛者に与えることに対して強く拒否していました。
「一緒に住んで問題ないならいいじゃないか! どうして結婚なんだ?」など。。。
「法律で守られていないと、こちら(LGBT)はいつ攻撃の対象になるのか、
権利が奪われてしまうのか不安でしょうがないということを、
権利を与えられた人たちにはわからないのだろうな」と。
違う人たちが、違う考えを持つ人たちと100パーセントお互いを理解する
なんてことは無理だと思います。
でも「自分と違うから理解してほしいとは言わないけれど、
そういう人たちが存在する、その人たちもあなたと同じように幸せな暮らしをしたいと
思っていることだけは、わかってもらいたいと…。
理解できないのならそれでいい、排除せずただ同じ権利で共存したいだけ」と
JpanさんとDさんは言っていたのが印象的でした。
これは、ヘイトクライムだと彼らは言っています。
ふと、今回のニュースを見て気がついたのは米国人と日本人の反応の違い。
特にネットの反応ですが、米国ですとニュース、SNS、ブログ、FBにしても、
皆さん怒りや悲しみ哀悼の意を、ヘイトクライムでもあるこの事件に対しての声を
たくさんあげていました。
ところが日本の方の反応を見てみると、
ニュースで米国史上最悪の大量殺害事件とあげていたものの・・・
FB、ブログその他のSNSでもあまり話題にあがることがなく、
パリのテロやその他の事件災害発生時のあの反応と比べ、
こちらは怒りや悲しみの声をあげてくれる人が皆無でした。
某ブログまとめサイトの最新記事録をJapanさんがみても、
この事件に関するブログの記事を書いている人は
誰一人としていなかったことには本当に驚いていました。
米国に住んでいる人もいるのにまったくのゼロでした・・・・・・。
比べるような問題でもないのですが、
これこそが日本人のLGBTに関する問題への
関心の薄さのなせる業なのではないだろうかとも感じてしまいました。
日本人の間ではLGBTの人たちは、まだ自分の生活とはあまりかかわりのない
特殊な人たちという位置付けだからなのかもしれない。
日本ではゲイの人たちが沢山いるにもかかわらず可視化できていない部分が
大きな要因ではないかとも感じます。
沢山の人がひた隠ししているという事実。
こちら米国の特に大都市圏ですと近所にも、職場にも、学校にも、
レストランでもカフェでも普通に沢山のLGBTの人たちがいて、
ストレートの人たちにとってLGBTの人たちは生活の一部に存在する、
とっても身近な実際存在する人間なのでしょう。
ですからこのような事件が起こると自分の身の周りりにいる
LGBTの人たちに置き換えて考えることができ、心が痛み、
素直に声をあげることができるのではないでしょうか?
日本ですとLGBTはまだテレビやネットで大騒ぎしている特殊な人たちという感が強く、
実生活でLGBTの人たちと普通に接している人たちはあまり多くないのでしょう。
その為このような事件が起きても「ふーんそうなんだー」くらいの
反応しか出ないのは、悲しいし納得できませんが想像できなくもありません。
本当はすぐそばに、それもたくさんのLGBTの人たちがいても、
日本ではLGBTであることを本人たちもひた隠しにしているので、
その存在が可視化されていない日本。
こちら米国での日系社会も日本と似たようなものなのかもしれません。
接したことのない人たちなら関心も、
親身になって感じることもなかなかできないのでしょう。
日本で、もしLGBTを対象とするこのような事件が起こった時、
日本のマスコミや警察、政府関係者は本当に事の重大性を他の事件と
同レベル的に扱ってくれるのだろうか?
そんなことも考えてしまった日曜日の午後でした。
さて今回のフロリダ、オーランドの事件。
時間が経つにつれて様々な情報が流れてきます。
犯人についてのいろいろな憶測、犯人の元妻、犯人の両親、
ゆがんだ宗教、汚染され過ぎた銃社会。
日本にいる人たちからは、日本のマスコミの情報の提供方法についての
不満が浮き彫りになる多数派に所属する日本人のLGBTへの冷ややかな反応。
そして少ないながらもLGBTの人たちをサポートしようとする多数派からの声。
様々なものが混沌としていますが、
被害者の写真がアップされていたので載せておきましょう。
ご覧ください。彼らが今回の大量無差別殺人事件で殺されてしまった人たちです。
私Cocoが言いたいことは、彼らみーんな普通の人。
普通に家族や友人がいて、普通に仕事して、普通に週末を楽しんで、
普通に恋人がいて、普通にいろいろなことで悩んで苦しんでいたことでしょう。
別にLGBTだからってそんな特殊な生活などはしませんよ。
LGBT? そんなの1人の人間を構成する中では、重要ではあるものの極ちっぽけ。
沢山の要因のうちのひとつなのに、
なんかやたら誇張されてとっても特殊な因子のように扱われてしまうのは、
なかなか消化できません。
人の命が平等だなんて、この社会では正直言って理想論でしかないとはわかります。
でも、LGBTの人もそうでない人も銃で撃たれれば簡単に死ぬのです。
周りの人は悲しむのです。