Vol.14本道佳子マネージャー日記 一切れの大根
2015.03.26
早いもので、3月も、もうすぐ終わり。この時期になると、思い出すことのひとつ。それは、初めて湯島食堂に行ったときのこと。
あれはちょうど、4年前の2011年3月下旬。
湯島食堂がオープンして間もない頃であり、震災直後でもありました。
「その人の気分や体調に合わせて、野菜だけでとびきり美味しい料理を出してくれるレストランがあるらしいよ」。
友人からそう聞いて、とにかく行きたいと思い、すぐに予約。
その日はちょうど震災から2週間が経った頃。まだまだ不安や恐怖、悲しみに覆われた東京の街を歩き、隠れ家みたいな湯島食堂へと向かいました。
扉を開け、靴を脱ぎ、少しだけ急勾配の木の階段をのぼります。
すると、そこに待っていたものは。
本道さんの輝かんばかりのビッグスマイル。
その笑顔を見ただけで、なんとも言えない安堵感に包まれたことをよく覚えています。
席に着いて、素敵な内装とかわいい小物たちをウキウキしながら見ていると。
運ばれてきたのは小さなお皿。
そこには、マッチ箱より少し大きいぐらいの四角い大根が二切れ置かれていました。
何の味付けもなく、ただ切っただけ。でも、その美しい断面がその大根の瑞々しさを物語っていました。
「メニューにはないんですけど。お二人の顔を見たら、まずこれを食べて欲しいって思ったんですー」。
本道さんのその言葉につられ、よくわからないまま大根を口に運びました。
そのときの感覚。不思議でした。
自分の中に滞っていた何かがスッと流れて、とてもクリアになった気がしたのです。
四角い大根の白さと瑞々しさが、そのまま体の中にスポッとはまった感じ、とでもいいましょうか。
体を涼しい風が通り抜けていきそうな感じでした。
ほどなくして、本道さんの料理が運ばれてきました。
そのときのランチは、1組限定の完全予約制のコース仕立て。運んでくれるスタッフの方が、これまたとっても素敵な笑顔で、一皿一皿を丁寧に説明してくださるその様子に、さらに安心感が増したこともよく覚えています。
最初のお皿は、大根とにんじんの「心配事がなくなるサラダ」。
名前を聞いただけでも、すべての心配事が吹き飛んでしまいそうですが、爽やか食感の野菜にハーブが隠し味となったその一皿は、まさに一口食べ進めるごとに元気になる。そんなサラダでした。
そうしてふと目の前を見ると。友人が、ポロポロと涙をこぼしています。
一緒に食べていたその友人は、人の心を癒す仕事。震災直後にたくさんの人の相談を受けていながら、自分の中の不安は一言も口にすることがなかったのでしょう。
それが、本道さんの料理を食べた瞬間。
心の中に詰まっていたものがスッと流れたかのように、そして、今まで押し殺してきたものが解放されたかのように、とにかくいっぱい泣きました。泣きながら「おいしい、おいしい」と言って、何日間も喉を通らなかったというご飯を食べていました。
私はその時に「なんてすごいことをする料理人がいるんだろう」と、衝撃に近い感覚を味わいました。
それと同時に、「料理自体の持つ力」みたいなものを強く感じたのです。
最初に出された大根。
本道さんをもう少し近くで見るようになった今、このときの大根について改めて考えると。
きっと、一生懸命笑って明るくしていたつもりが、心のどこかに拭えない不安を抱えていた私たちの心模様を、本道さんの感覚が見抜いたのだと思います。
だから、私たちの心に溜まったものが流れていくようにと、瑞々しい一切れの大根に託したのでしょう。
その大根によってクリアになったカラダには、その後のとびきり美味しいエネルギッシュな料理が、これでもかというほど吸収されていきました。
これが本道さんと私の初めての出会い。
もちろん本道さんは、こういうことを意識してやっているわけではないので、今この話をしても「私、そんなことしたんですねー。びっくりー」と、ご自分で驚かれるだけなんですけどね。
この季節になると、あの時の本道さんの笑顔、一つひとつの優しい料理、友人の涙、そして、一切れの大根を思い出すのです。
当時の四角い大根の再現
大根ステーキ アボカドディップ添え