Vol.1229ハタラクさんの毎日 受け入れるまで、2
2018.05.02
友人が亡くなったことを知り、浮かんできたのが友人との思い出でした。
小学校で同じクラスになって
一緒によく遊んでいたこと。
給食のおかずにいたずらされて、わたしがものすごく怒って
その後、何度も何度も謝ってくれたこと。
家が近所だったのでよく遊んでいたこと。
ふたりとも地元を離れ進学してからも
何かの縁で再会できて喜んだこと。
社会人になってからも時々会っていたこと。
友人が仕事を転職してがんばっていることを聞いたこと。
友人が結婚してお子さんが生まれて
とてもうれしいと報告を受けたこと。
30代は共に仕事がいそがしくて疎遠になったこと。
40代になって同窓会をきっかけに再会し、
また親交を深めるようになったこと。
2016年の冬に会ったのが最後になったこと。
その最後に会ったときの別れ際に、
友人はいつものはにかんだ笑顔で
「かわくん(学生時代のあだ名)もがんばれよ!
また近々会おうな!!」と言ってくれたこと。
友人のたくさんの表情が一気に浮かんできました。
いつも朗らかな表情で、口下手だけど
温かい人柄は全身から伝わってきて、
その人柄に甘えて救われて。
わたしが苦しい気持ちを吐露すると、
親身になって話を聞いてきれて励ましてくれて。
強くて、温かくて、優しくて、大きくて、
深くて、真面目で、真摯で…
そんな友人への思いが次々とあふれ出してきて、
この世にもういないという事実が
一気に現実味を帯びてきて、
受け入れるどころか拒否したい一念になりました。
それでも日常のことや仕事はしなければならず、
移動の電車の中で友人の顔が浮かんできては
涙がどんどん出て、その涙を我慢するのに必死で、
それでも出てきて。
どうしようもないほど気持ちが狼狽していることに
気づきました。
いてくれて当たり前の存在が
いなくなると、こんなにも人はぐらぐらになる。
自分の状態でそれを知る。