恋に効く、仏教 Vol.35
第三十五話
不倫
2017.10.07
最近、メディアでも、他の至る処でも不倫
についてよく語られるようになりました。
メディアの取材によって暴かれる
有名人の隠れた行いは
人の興味を引くのでしょう。
ただ、
少し行き過ぎている気もしますが・・・
確かに悪いことだけれども、
全国民に知らせる。
それ自体も行き過ぎている気もしますが
全国民に謝らせる。
謝るまで徹底的に攻撃するのも、
少し違和感を覚えます。
罰しようとする正義の思いが
少し強過ぎる社会になったのかもしれません。
一度の失敗を徹底的に指摘しつくす。
社会は、本来
一人では生きていけない私たちを
正しき道に進ませてくれるもので、
支えになり、時に厳しく
でも、立ち直る機会も与えていく
そんなものではなかったのか?
と、この様な大掛かりな報道を見て
思うわけですが、
それはそれで置いておいて
不倫自体についてですが、
まぁそれは悪いわけです。
仏教的にも
不倫は悪い事であると示されています。
でも、
芸能人だけでなくても
色々な立場の人が
不倫をしていると言われています。
なんで不倫をするのか?
それは、各立場の事情などで大きく違うでしょうが、
誓いの軽さもあると思います。
結婚式をしない方も増え、
結婚式をしても、披露宴のついでにやるような簡易的な式。
本末転倒なその儀式とも言えないセレモニーの中で
意味も分からずに、「誓います」と言っている人が増えています。
また、式自体をしない方は
その「誓います」自体も行わない。
離婚率で言うと、結婚式をしない人の方が、
圧倒的に離婚率が高いようです。
比例して、
不倫の率も高くなるのだと思います。
何があっても
我慢し、
相手の良さを見つめ、
添い遂げていくのだ。
と
心に深く誓う事をせずに、
弱い私たちの心が
長い時間
欲に負けずに
進むことは難しいと思うのです。
これから
結婚に向かう方は
是非、
大勢の前で、
しっかりと誓いを立てる
そんな式でスタートをきって欲しいと思います。
ただ、
今回一番言いたいところは、
他者の不倫を批判し過ぎる事です。
先にも少し書きましたが、
度が過ぎていると思います。
僕は思うのです。
あれもこれも一緒とは言いませんが、
不倫も悪ですが、
食事で好き嫌いをするのも悪であり、
人を見下したり、
偏見の思いを持つのも悪です。
不倫の話題が出ると
話として面白いこともあり、
徹底的に話題にされ、
つるし上げられます。
もちろん悪い事をしたので
一定の罰は必要だと思います。
でも、
人の悪い部分を見てしまった時こそが
人として器の大きさを見ると思います。
一定の罰や、叱る事はもちろんありますが、
人の悪いところを見た時に
自分の行いを反省できるかどうか。
人の不倫を見て
自分はしていない。
する気もない。
だから、批判を強くできる。
ではなく、
自分は、不倫をしていないけど
今日、挨拶を無視してしまった。
食べ物を残して捨ててしまった。
嘘をついてしまった。
あの人の悲しみに気づいてあげられなかった。
など、自分の生き方の反省を行う事が出来るかどうかだと思うのです。
人の振り見て我が振り直せ
昔より言われることですが、
人を批判する前に
自分の行いを先に見なくてはいけない
という意味です。
人の悪いところを見て、
自分は同じような悪いことしていない
と確認する
という意味ではありません。
人の悪いところを見たら、
自分も悪い生き方をしていないか?
不倫はしていなくても、
寄り添ってくれる奥さんを傷つけることをしていないか?
不倫以外にも、
一緒に連れ添っていれば、
傷つき悲しむことは山のようにあります。
相手の思いに気づいて
寄り添っていく事が
連れ添っていく夫婦であります。
また、夫婦関係が良好でも、
会社で、
友人関係で、
悪い行いはしていないか?
コンビニの店員さんに
ありがとうも言えない自分を反省しなくてはいけないのです。
反省は最も大事な行いです。
懺悔とも言います。
人の振り見て我が振り直せ
不倫以外でも
私たちは日々
周りの人たちの悪い行いを見ています。
人の悪いところを見て
同じ悪い行い以外でも
自分に悪いところがないだろうか?
と
悔い改める心が必要です。
批判は簡単です。
噂話や、悪口は楽しいものです。
でも、
そんな事の前に
すべき事があるのではないでしょうか?
あの人、不倫していたのか。
悪い事しているな。
自分は、
不倫はしていないけど、
自分の今日の生き方は
恥ずかしい生き方だった。
反省しよう。
常に
心に自分の生き方を点検する心が必要です。
自分は正しい。
自分は間違っていない。
と思うことは簡単です。
自分の生き方を反省できる人が
本当に素晴らしい人だと思います。
一人一人が
そんな生き方をしていく事が、
厳しくも寛容で
皆にやさしい社会を築いていく第一歩だと思うのです。