Vol.22本道佳子マネージャー日記 テーブルへようこそ
2015.05.28
先日のvol.19で、「ご飯をよそうときは目の高さ」というお話を書きました。それ以外にも湯島食堂で大切にされていたことはいくつもあるのですが、今回はそのひとつ、『テーブルセッティング』のお話を。
湯島食堂のテーブルセッティングは、お皿にペーパーナプキンとおしぼり。そして、その日の料理内容に伴って、お箸や、フォーク・ナイフ・スプーン等のカトラリーを並べるという、いたってシンプルなセッティング。
でも、本道さんはこれをとても大切にしていたのです。
私が湯島食堂ではたらいたのは、2014年6月に湯島食堂がなくなるまでの最後の1年間。
はたらき始めた最初の頃に、本道さんからこう言われた記憶があります。
「テーブルセッティングは、基本的にサービスの人(料理をつくる人ではなく、料理を運んだりする)にお願いしています。自分の感覚で自由にセットしてくれて構わないのでー。」
こう言われた時、皆さんならどう思います?
本来なら、「自分に任せてくれるなんて!」と喜んでいいところかもしれません。
でも、私はハッとしました。それが典型的な日本人としての特性なのか、私自身の特性なのかはわかりませんが。それまでの10年間、IT業界でひたすらパソコンに向かって仕事をしていた当時の私は、すこしドキッとしました。『わぁ、やったことない。どうしよう。』と。
でも、その「自由さ」に込められた意味は、回数を重ねるうちにわかってきました。
料理人である本道さんが毎回感覚でお料理をつくるように、テーブルセッティングもサービスの人のその日の感覚でやって良い。そうすることで、その日に来てくれるお客様に素晴らしい時間を過ごしてもらえる。私はそう解釈したのです。
たとえ顔は知らなくとも、その日予約してくださっているお客様の名前を見て雰囲気をイメージしたり、その日の空の色や雲の量、光の差し込み方を感じたり。そうして、その空間をどんな雰囲気にしたいかを想像するのです。
すると、ペーパーナプキンの色の組み合わせや、置き方、たたみ方などが決まってきます。
おしぼりは、ビニールの袋に入った紙のおしぼり。そのビニールの四隅を丁寧にピシッと伸ばし、お客様に対して平行、もしくは垂直にして、まっすぐに置きます。
次に、カトラリーとお箸。
カトラリーは、フォーク・ナイフ・スプーンが等間隔になるように、机の側面と垂直に置きます。
お箸は、湯島食堂では、木の自然の色と木目を残した四角いものを使っていたのですが、よく見ると、ある一面が滑らかになっています。
その面を上面にして、持ち手から箸先までをピンっとそろえる。そして、テーブルの側面ときれいに並行になるよう横一文字に箸を置く。
お箸の位置は、お客様が座ったときに体の中心となるように据える。
本道さんは特に、このお箸の置き方をとても大切にしていました。
だから私は、必ずお箸のセットを最後にしていました。自分にとって、お箸をピシっと置くことが、その場を完成させる儀式のような気がして。
本当に面白いなぁと思うのですが、「お箸を置く」、ただそれだけでも、自分の中に不要な気持ちがあると上手に置けないんですよね。
両端が微妙にずれてしまったり、置いたつもりがコロンとひっくり返ったり、斜めになってしまったり。
自分がつくるその場を見ながら、自分の心を見ているようでした。
そうして、すべてのセッティングを終えた後は、時間が許す限り、ひとつひとつの椅子に座って、座ったときにそのセッティングがどう見えるのかを確認。
立った状態で上から見るのと、座った状態で見るのとでは、セッティングの印象が微妙に異なることがあるので、それを修正するのです。
ここに座る人が素敵な時間を過ごせますように、という気持ちを込めて席を立ったら、本当に準備完了。
これらはすべて当たり前のことかもしれません。でも、こうした一連のセッティングの中に、本道さんの大切なメッセージを感じていたのです。
テーブルセッティングとは、お客様をお迎えするとても大切な場をつくることである、と。
お客様が席についたとき、目の前に用意されているセッティングは、そのお客様のためだけのもの。お客様ひとりひとりが料理よりも前に目にするその空間は、神聖であり、同時に、温かさで包まれるように。
そうしたひとつひとつの想いの積み重ねが、料理を食べながら過ごす大切なひとときのベースとなるのでしょう。
家できっちりとしたテーブルセッティングをすることは、なかなかないのですが。たとえささやかでも、ほんの一瞬でも、料理を食べる前にその場を整えることが、美味しくご飯を食べるための大切な要素なのだと気付くことができたのは、私にとって、とても大きな出来事でした。